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読書メモ:音楽の贈り物からの名言(21) シドニー・ラニアの名言とエイミー・ビーチのロマンス

こんにちは。生涯挑戦!をモットーに新大人世代を応援する、こうちゃんです。

今回は19世紀アメリカの音楽家、詩人、作家のシドニー・ラニアの名言と同じ時代の女流作曲家エイミー・ビーチの名曲を紹介します。

■シドニー・ラニアの名言と感じたこと

音楽を聞くと、私の人生のすべての罪が、あたかもベールに包まれた顔をしてゆっくりと通り過ぎ、両手を私の頭の上に置いて「我が子よ」と静かに言っているようだ。

シドニー・ラニア

この言葉は、音楽の癒やしの力を感じさせる言葉です。

失敗や罪や後悔の念を、寛容な母性愛が癒やしてくれる様子が表現されている印象です。

■シドニー・ラニアについて

シドニー・ラニアという名前は初耳でした。調べると19世紀のアメリカの音楽家であり、詩人であり、弁護士であり、大学教授であり、作家であった多才な人です。

ウィキからの引用です:

シドニー・クロプトン・ラニア(1842年2月3日~1881年9月7日)は、アメリカの音楽家、詩人、作家。彼は南軍の傭兵として従軍し、封鎖航行船に従事して投獄され(その結果、彼は結核にかかった)、教えを受け、ホテルで音楽を演奏し、教会のオルガン奏者として働き、弁護士として働いた。彼は詩人として、排他的ではないが、時々方言を使った。彼の詩の多くは高尚だが、しばしば古風なアメリカ英語で書かれている。彼はフルート奏者になり、出版物に詩を売った。その後、ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学で文学教授となり、韻文に楽器を取り入れたことで知られる。多くの学校や建造物、二つの湖が彼にちなんで命名され、南部では「南部連合の詩人」として歓迎された。

ウィキペディアより引用

音楽家としてはオルガン奏者、フルート奏者として活躍しました。

同じ19世紀のアメリカのクラシック音楽というとなかなか思い浮かびませんが、エイミー・ビーチという女流作曲家がおります。

以前たまたまFMで耳にしたヴァイオリンとピアノのための「ロマンス」という曲がとても叙情的な美しいメロディで印象に残り、

今回は「ロマンス」の動画を引用してみました。

Maude Powellに捧げられて、1893年に初演された曲です。

■エイミー・ビーチについて

エイミー・ビーチという女流作曲家についても引用しておきます。

エイミー・ビーチ(Amy Marcy Beach, 1867年9月5日 – 1944年12月27日)は、4歳で即興演奏や作曲を開始、それまでに40曲を口ずさむことができたといわれる。6歳から厳格でうるさ型の母親にピアノの手ほどきを受け、まもなくショパンやシューマンを含むレパートリーを、非公式の場で演奏することができるようになり、また自作を記譜して残す習慣も身につけた。1883年にピアニストとして正式にデビューし、いくつかの協奏曲をボストン交響楽団と共演する。自作がベルリン・フィルによって演奏された、最初のアメリカ人作曲家にして最初の女性作曲家となった。

ウィキペディアより引用

ボストン交響楽団とピアニストとして共演したとは、演奏家としてもすごく才能のあった作曲家だったのですね。ベルリン・フィルで自作が演奏されたのもすごいです。

以上、名言と音楽を楽しんでいただけたら幸いです。

このシリーズのいきさつはこちらです。

https://globalk-m.com/2019/01/02/reading-memo:the-gift-of-music-1/

尚、わかりやすさをめざし、独自の翻訳とさせていただいており、

他の名言Website様とは表現が異なる場合がありますのでご了承下さい。

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